同じものを食べても差が出る理由を、酵素から知る
日本人1,003人の5つの薬物代謝酵素の遺伝子型を調べた研究があります。理論上の組み合わせは483通り。実際に見つかったのは139通りでした1。
異物を処理する第I相の中心にあるのが、このシトクロムP450という酵素群です。酸化して、反応しやすい部分を作る段階を担っています。
その働きの強さは、人によって違います。同じものを同じだけ口にしても、処理の速さは同じになりません。
「人によって違う」が、どれくらいの幅なのか
健康の話では「個人差があります」で終わることが多くあります。それ自体は正しいのですが、そこで止まると何も決まりません。
異物の処理については、個人差の中身が物質名と数字まで分かっている部分があります。
薬学部の研究グループが、日本人1,003人についてCYP1A2、CYP2C9、CYP2C19、CYP2D6、CYP3A5の5つの遺伝子型を調べました。組み合わせは理論上483通り。実際に見つかったのは139通りでした1。

著者らの結論は、臨床の話です。「我々の結果によれば、被験者の大部分が臨床治療の際に用量調整を必要とするようにみえる」1。
日本人で、特に差が出ている酵素
CYP2C19という酵素については、集団ごとの頻度が古くから調べられています。
この酵素の働きが弱い型をpoor metabolizer(PM)と呼びます。1997年の研究によれば、PMの頻度は欧米人で2〜5%、東アジアの集団で13〜23%。同じ研究で、日本人53人のうち15%がPMでした2。
| 集団 | 頻度 |
|---|---|
| 欧米人 | 2〜5% |
| 東アジアの集団 | 13〜23% |
| 日本人(53人の調査) | 15% |
| サウジアラビア人(97人) | 2人のみ |
この研究では、遺伝子型と実際の代謝の型(表現型)が完全に一致していました2。予測できる、ということです。
同じ構造が、お酒でも起きています。ALDH2という酵素は、日本人の1割弱が完全に働かず、3割強が働きの弱いヘテロ型で、その活性は約1/16です。欧米人には、ほとんど見られません。
どこまで言えて、どこから言えないか
ここをはっきりさせておきます。
| 状況 | |
|---|---|
| 薬の代謝 | 確立している。用量調整の根拠として使われ、添付文書に記載のある薬もある |
| アルコール | 確立している。ALDH2の型と、飲酒後の反応の関係 |
| 食品・環境中の物質 | 同じようには言えない。研究の場で仮説として持ち出される段階 |
3つめについて、実例があります。汗中の金属の系統的レビューは、研究間で測定値のばらつきが極めて大きかった理由を考察する中で、「解毒効率に影響する遺伝的多型」を候補の1つに挙げています3。
これは「そうだった」ではなく「そうかもしれない」の水準です。ばらつきの説明として持ち出されているだけで、確かめられてはいません。
だから「自分は解毒が弱い体質だから」という説明を、いま買うことはできません。薬について確立していることを、食品や環境物質にそのまま横滑りさせるのは、動物のデータを人に当てはめるときと同じ種類の飛躍です。
個人差があるのは「速さ」のほう
ここが実際に効いてくる部分です。
P450の多型が変えているのは、第I相の酸化の速さです。処理の経路そのものが変わるわけではありません。
そして第II相でくっつける材料は、すべて糖とアミノ酸に行き着きます。グルクロン酸はグルコースから、メチル基はメチオニンから、硫酸は含硫アミノ酸から。この材料が要ることは、遺伝子型に関係なく同じです。
むしろ、第I相が速くて第II相が追いつかないと、反応しやすい中間代謝物のほうが溜まります。速いことが、そのまま有利とは限りません。
| 個人差 | |
|---|---|
| 第I相の酸化の速さ | ある。遺伝子型で予測できる部分がある |
| 第II相でくっつける材料 | 誰でも糖とアミノ酸から作られる |
| 出口(尿・便) | 経路は同じ。胆汁が脂溶性物質の主要排泄経路であることも同じ |
| 腸の通過 | 速さは人によって違うが、見る項目は共通(6項目) |
では、自分について何ができるか
遺伝子型を調べれば、薬の用量の判断材料にはなります。遺伝子検査が答えているのは「生まれ持った傾向」で、生涯変わりません。
ただ、この記事で見たとおり、食品や環境中の物質について、それを使って何かを決められる段階にはありません。
いまできるのは、こちらです。
一度に一つだけ変えて、記録する。集団の平均が自分に当てはまるかどうかを確かめる方法は、いまのところこれしかありません。そして期限を先に決めておくと、効かなかったときに戻せます。
個人差があると分かっていることは、「だから確かめる意味がある」という向きに効きます。平均の話が自分に当てはまらないことは、実際にあります。
「体質」で片づけずに、何が言えるか
最後に、言葉の整理です。
「体質だから」は、話を終わらせる言い方になりがちです。けれどこの記事で見たものは、物質名と酵素名と頻度がある話でした。CYP2C19、ALDH2、poor metabolizer、15%。
「毒素」という言葉が使いにくいのは、物質名が書かれないからでした。「体質」も同じ構造にあります。何の酵素の、どの型の話か。そこまで書かれていれば、確かめられます。書かれていなければ、確かめようがありません。
そして書かれていたとしても、薬の話なのか、食品の話なのかは分けて読む必要があります。いま確立しているのは前者です。
参考文献・参考資料
- Ota T, Kamada Y, Hayashida M, Iwao-Koizumi K, Murata S, Kinoshita K. Combination analysis in genetic polymorphisms of drug-metabolizing enzymes CYP1A2, CYP2C9, CYP2C19, CYP2D6 and CYP3A5 in the Japanese population. International Journal of Medical Sciences. 2015;12(1):78-82. doi:10.7150/ijms.10263 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25552922/
- Goldstein JA, Ishizaki T, Chiba K, et al. Frequencies of the defective CYP2C19 alleles responsible for the mephenytoin poor metabolizer phenotype in various Oriental, Caucasian, Saudi Arabian and American black populations. Pharmacogenetics. 1997;7(1):59-64. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9110363/
- Sears ME, Kerr KJ, Bray RI. Arsenic, cadmium, lead, and mercury in sweat: a systematic review. Journal of Environmental and Public Health. 2012;2012:184745. doi:10.1155/2012/184745 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3312275/
本記事は公開された研究の整理であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。特定の検査・製品の効果を示すものでも、実施や使用を勧めるものでもありません。薬物代謝酵素の遺伝子多型に関する知見は薬物療法の文脈で確立したものであり、食品や環境中の物質の処理速度に同様に当てはまるかどうかは十分に検証されていません。服用中の薬について、遺伝子型を理由に自己判断で用量を変えないでください。
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