自分の体質に合う食べ方を、どう考えるか
同じ牛乳を飲んで、平気な人とお腹を壊す人がいます。同じ酒を飲んで、顔色ひとつ変わらない人と一杯で赤くなる人がいます。この差の一部は、その人の祖先が何千年何を食べてきたかに由来します。
では、2000年以上米を食べてきた日本列島の集団は、米に適応したのでしょうか。
先に答えを書きます。牛乳と酒については、食文化が身体を変えた証拠があります。デンプンについては、2024年にようやく強い証拠が出ました。ただし「日本人は米に適応している」と言い切れるデータは、いまのところありません。
食べ物に対して、人間の身体は本当に変わるのか
これを扱う考え方に名前がついています。遺伝子―文化共進化。ある食文化が長く続くことで、その食文化に有利な遺伝的特徴が集団の中で増えていく、という現象です。
言葉だけなら仮説に聞こえます。ただ、少なくとも1つの食品では、実際に何が起きたかまで分かっています。
牛乳を飲める身体は、後から生まれた
ほとんどの哺乳類は、離乳すると乳糖を分解する酵素(ラクターゼ)の働きが落ちます。それが標準の経過です。大人になっても分解できる状態のほうが、後から現れた例外です。
この形質はラクターゼ持続性と呼ばれます。ヨーロッパ系集団ではLCT遺伝子の上流にある -13910 C/T という1か所の違いが、この形質と強く結びついています1。
そして、時期が分かっています。この変異は新石器時代初期の中央ヨーロッパでは、非常にまれか存在しませんでした1。つまり、農耕と牧畜が始まったあとに広がったものです。
論文は、共進化の条件をこう書いています。
新鮮な乳の供給がなければ、ラクターゼ持続性が選択上の利益をもたらすとは考えにくい。このことから、酪農を行う文化においてのみラクターゼ持続性が有利になり、ラクターゼ持続性の集団においてのみ酪農がより有利になるという、遺伝子―文化共進化のモデルが導かれた1
文化が先か、身体が先か、ではありません。両方が互いを押し上げました。シミュレーションによる推定では、この共進化はおよそ7,500年前、バルカン半島中部から中央ヨーロッパのあいだで始まったとされています1。
いま、頻度には大きな地域差があります。ヨーロッパでは -13910*T の対立遺伝子頻度がイタリア・トスカーナの8.9%から英国の72.0%まで幅があり、平均は50.8%。アジアでは10%を超えることがまれです3。
ここで押さえておきたいのは順序です。牛乳を飲めることが人間の「普通」で、飲めないのが「異常」なのではありません。順番は逆でした。大人になって酵素が減ることのほうが、哺乳類として標準的な経過です。
同じ酒でも、身体は同じ反応をしない
アルコールは体内で二段階に分解されます。まずアセトアルデヒドに変わり、次に酢酸に変わる。この2段目を担うのが2型アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)です。
この酵素の働きが弱い型は、東アジアに集中しています。日本人では、両方の遺伝子が弱いホモ欠損型が1割弱、片方が弱いヘテロ欠損型が3割強。合わせて4割強が、生まれつき処理能力の低い側にいます。
ヨーロッパ系集団では、この型はほとんど見られません。同じ量の酒を飲んでも、体内に残るアセトアルデヒドの量が違います。
これは「酒に強い・弱い」という性格の話ではなく、酵素活性の差です。飲み慣れても遺伝子型は変わりません。
小麦を食べる文化と、グルテンへの反応
セリアック病は、グルテンに対する免疫反応で小腸の粘膜が傷害される疾患です。発症にはHLA-DQ2またはDQ8という特定の型がほぼ必須とされています。
世界の頻度には差があります。27万人以上を対象にしたメタ解析では、血清検査陽性の世界全体の頻度が1.4%(95%CI 1.1〜1.7%)、生検で確認されたものが0.7%(0.5〜0.9%)でした4。
| 地域 | 頻度 |
|---|---|
| ヨーロッパ・オセアニア | 0.8% |
| アジア | 0.6% |
| アフリカ・北米 | 0.5% |
| 南米 | 0.4% |
日本では、さらに低い数字が出ています。島根県で2,055人を対象にした血清スクリーニングでは、抗体陽性は0.19%。ただしこの研究では生検もHLA型判定も行われておらず、陽性だった4人に消化器症状はありませんでした5。
ここは慎重に書く必要があります。頻度の差は、遺伝的背景だけで決まるものではありません。診断率、検査の普及度、小麦の摂取量、環境要因が同時に効きます。同じ論文が、日本の小麦摂取量は中国の半分程度だと記しています5。
そして重要なのは、これは「日本人に小麦が合わない」という話ではないということです。むしろ逆で、セリアック病の関連型が少ないぶん、この疾患の頻度は低く出ています。
あわせて覚えておきたいことがあります。自分でグルテン不耐だと考えている人を盲検で調べた試験では、症状が最も強く出たのはグルテンではなくフルクタンでした。「小麦で不調」の中身は、グルテンとは限りません。
そして、デンプンを食べる身体
ここが米の話への橋です。
口に入れた瞬間からデンプンを分解する酵素が、唾液アミラーゼです。これを作るAMY1という遺伝子は、人によってコピー数が違います。
2007年、Perryらは高デンプン食の集団のほうがAMY1のコピー数が平均して多いと報告しました6。魅力的な話で、広く引用されました。
ただし、この研究はその後ずっと揺れていました。コピー数の測定に使われたqPCRの精度が十分でないこと、AMY1のコピー数とBMIの関連が再現しなかったこと、そしてコピー数の増加が農耕の開始より前にさかのぼる可能性が指摘されたことです。
コピー数が唾液アミラーゼの量をどれだけ説明するかを調べた研究では、説明できたのは分散の11.7%(タンパク量)と13.6%(酵素活性)にとどまりました7。残りは別の要因です。
決着がついたのは2024年でした。
つまり、いま言えるのはこうです。人類は、長く食べてきたデンプン食に対して、それを分解する側の遺伝子を増やしてきた可能性が高い。ただしそれは「米」に固有の話ではなく、芋でも麦でもトウモロコシでも起きうる、高デンプン食全般への適応です。

では、日本人は「米」に適応しているのか
ここまでの材料で、言えることと言えないことを分けます。
| 内容 | |
|---|---|
| 言えること | 日本では長期間、米を中心とした食文化が続いてきた |
| 人類が高デンプン食に適応してきたことを示す研究がある(2024年 Nature) | |
| 食文化によって消化・代謝能力が変わりうることは、牛乳と酒で実証されている | |
| 言えないこと | 日本人が欧米人より米からエネルギーを取り出す効率が高い |
| 日本人にとって米が生理学的に最適な主食である | |
| 日本人は小麦より米を食べるべきである |
下の3つを直接証明した研究は、現時点でありません。ここは誤魔化さないほうがいいところです。
2024年の研究が示したのは「農耕集団はコピー数が多い」という集団レベルの傾向であって、日本列島の集団を対象に米との関係を調べたものではありません。そして集団の平均は、目の前の一人の話ではありません。
必要な栄養素は同じでも、取り方は同じとは限らない
ここで整理が要ります。よくある誤解を先に外します。
必須栄養素が民族によって違う、ということはありません。必須アミノ酸も必須脂肪酸も、ビタミンもミネラルも、人間に必要な基本は共通です。
違うのは、そこへ至る経路のほうです。
つまり、こうなります。必要なものは同じでも、どの食品からどう摂るのが身体にとって負担が少ないかは、全員同じとは限りません。
「健康にいい食事」は、世界共通なのか
この問いは、実務に直結します。
栄養学の研究の多くは、欧米の集団で行われています。その結果を日本人にそのまま当てはめてよいのか。逆に、日本食をすべての人に勧めてよいのか。
これは医学研究を否定する話ではありません。集団差があると分かっているのだから、それを考慮に入れるほうが科学的だ、という話です。この方向は個別化栄養(precision nutrition)と呼ばれています。
ただし、ここにも限界があります。800人の食後血糖を46,898食分測った研究では、同じ食事への反応が人によって大きく違っていました。集団差より、同じ集団の中の個人差のほうが大きい場面もあります。
だから、順番はこうなります。集団の傾向を知る。そのうえで、自分がどこにいるかは別に確かめる。検査はそれぞれ違う問いに答えています。
今日、確かめられること
この記事で扱った4つのうち、3つは自分で確かめられます。
- 乳糖。牛乳コップ半分なら平気か、1杯で来るか。ヨーグルトやチーズで出ないなら、乳糖の量の問題です
- アルコール。少量で顔が赤くなるかどうか。これはALDH2の型をかなり反映します
- 小麦。不調が出るなら、1〜2品目だけ2週間外して、戻して比べる。グルテンかフルクタンかは、それで分かれることがあります
デンプンだけは、自分では測れません。唾液アミラーゼの量もAMY1のコピー数も、日常の検査項目にありません。
食卓の上だけではなく
私たちは、食べ物を栄養素の集合として見がちです。たんぱく質、脂質、糖質、ビタミン。
けれど、牛乳を飲んできた歴史も、穀物を育ててきた歴史も、酒を造ってきた歴史も、文化として残っただけではありませんでした。その一部は、酵素の活性として、遺伝子のコピー数として、いまも身体の中にあります。
日本人の身体が米を食べるようにできていると、いまの科学だけで断言することはできません。けれど、何千年もの食文化と身体が無関係だったと考える理由も、もうありません。
私たちが何を食べてきたかという歴史は、食卓の上だけではなく、身体の中にも残っています。
参考文献・参考資料
- Itan Y, Powell A, Beaumont MA, Burger J, Thomas MG. The origins of lactase persistence in Europe. PLoS Comput Biol. 2009;5(8):e1000491. PubMed 19714206
- Recurrent evolution and selection shape structural diversity at the amylase locus. Nature. 2024. PubMed 39232174
- Genetic aspects of lactase deficiency in indigenous populations(ヨーロッパの -13910*T 対立遺伝子頻度、アジアでの頻度に関する記述) PMC11491482
- Singh P, Arora A, Strand TA, et al. Global Prevalence of Celiac Disease: Systematic Review and Meta-analysis. Clin Gastroenterol Hepatol. 2018;16(6):823-836.e2. PubMed 29551598
- Fukunaga M, Ishimura N, et al. Celiac disease in non-clinical populations of Japan(Shimane CoHRE study). JGH Open. 2020. PMC7411563
- Perry GH, Dominy NJ, Claw KG, et al. Diet and the evolution of human amylase gene copy number variation. Nat Genet. 2007;39(10):1256-1260. PubMed 17828263
- Copy number variation of human AMY1 is a minor contributor to variation in salivary amylase expression and activity. Hum Genomics. 2018. PubMed 28219410
本記事は査読済み文献の整理であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。記載の頻度や割合は集団の推計であり、特定の個人に当てはまるものではありません。特定の食品の摂取を勧めるものでも、避けるよう勧めるものでもありません。
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