「エビデンスがない」を、どう扱えばいいか
「まだエビデンスがありません」と書かれているものの大半は、まだ誰も調べていないほうです。効果がないと分かったほうではありません。
日常会話では、この二つはほとんど同じ意味で使われます。「証拠がない」と聞けば「じゃあ違うんだろう」と考えるのは自然な反応で、責められることではありません。ただ研究の世界では、この二つは明確に別のものとして扱われています。区別を曖昧にしたまま話が進むと、判断が思わぬ方向へずれていきます。
「差がなかった」と「差がないと分かった」は違う
二つの治療を比べて差が出なかった研究は、かつて「ネガティブな研究」と呼ばれていました。この呼び方だと、差がないことが確かめられたように読めます。実際に示されたのは、差があるという証拠が得られなかった、というところまでです。
この点を指摘したのが、1995年に BMJ の統計解説シリーズに載った「Absence of evidence is not evidence of absence(証拠がないことは、ないことの証拠ではない)」という短い記事でした11。
この読み違いがどこで起きるのかは、京都大学の公開講義(57分)が正面から扱っています。腰を据えて確かめたいときに。
差が見つからない理由は、もうひとつあります。参加者の数が少なすぎて、本当はある差を捉えられなかった場合です。二人は、当時の試験の多くがこの規模不足を抱えていたことも指摘しています1。差が見つからなかったのは、差がないからなのか、探す力が足りなかったからなのか。そこを区別していない研究が多い、ということです。
「見つからなかった」の三つの理由
差が検出されなかったとき、背後にありうる事情は少なくとも三つあります。
この区別が実務的に効いてくるのは、たとえば古くからある方法や、特許が取れない物質、対象者の少ない状態を扱うときです。市販のデトックス食にヒトでの無作為化比較試験が存在しないのも、同じ理由です。研究には費用がかかります。誰が費用を出すのかによって、何が調べられ、何が調べられないかは変わります。研究の空白は、必ずしも効果の不在を反映していません。
「効果がない」を示すには、別の設計が要る
ひとつは、推定の幅を見ることです。研究は「差は0.5だった」と一点で出すのではなく、「差はこの範囲に収まりそうだ」という幅つきで出します(信頼区間と呼ばれます)。差が見つからなかった研究でも、その幅が「大きな効果はありえない」と言える程度に狭ければ、効果がないことの根拠になります。幅が広ければ、大きな効果も小さな効果も否定できていません。差の有無だけを見ていると、この違いは見えません。
もうひとつは、最初から「差がないこと」を確かめる目的で試験を組むことです。どこまでの差なら実質的に同じとみなすかを先に決め、それを判定できる人数を計算して実施します。効果を探す試験とは、設計そのものが別になります。
効果がないという主張にも、効果があるという主張と同じくらいの設計と規模が必要になります。「調べたけれど出なかった」は、その代わりにはなりません。
「高品質の根拠がある」ほうが、むしろ例外
ここで、視野を少し広げてみます。医療全体を見渡したとき、高い確実性で効果が示されている介入はどれくらいあるのでしょうか。

また、害について測定されていたのは577件(36.8%)にとどまり、そのうち統計的に有意な害が示されたのは127件(8.1%)でした2。著者らは結論として、最近のコクラン・レビューで検討された医療介入の10のうち9以上は高品質のエビデンスに支持されておらず、害は過小に報告されている、と述べています2。
この数字の受け取り方には注意がいります。これは「医療の9割が効かない」という意味ではありません。GRADEで最高評価がつくには厳しい条件が要り、評価されていない介入も多く、そもそもコクラン・レビューが扱うのは不確実性が残る問いに偏ります。著者ら自身も、コクランの評価者の判断に依存することを主な限界として挙げています2。
それでも、この結果が示していることははっきりしています。「高品質のエビデンスがある」という状態は、医療の中でもかなり例外的です。だとすれば、「エビデンスがないからやめておく」という判断基準を一貫して適用すると、現に行われている多くのことが対象になってしまいます。
では、空白をどう埋めるのか
身近な例では、水を多く飲むことの効果がこれにあたります。無作為化比較試験はごくわずかしかありません。効果がないのではなく、まだ確かめられていない、という状態です。
研究が足りない領域について、判断を保留し続けることは現実的ではありません。日々の選択は待ってくれないからです。
見るのは、確実性の高さだけではありません。確実性と、賭けるものの釣り合いです。取り返しがつき、費用も負担も小さい選択なら、確実性が低い段階で試す価値はあります。費用が大きい、他の選択肢を諦めることになる、体への負担がある。そういう選択では、同じ確実性でも答えは変わります。
もう一つ見るのは、害がどれだけ調べられているかです。効果の大きさをどう読むかについては数字の見せ方を扱った記事が参考になります。ハウィックらの研究で、害が測定されていた介入が4割に満たなかったことは示唆的です2。効果について語られる量と、害について語られる量は、しばしば釣り合っていません。「効果のエビデンスがない」と同時に「害のエビデンスもない」なら、多くの場合それは、安全だということではなく、両方とも調べられていないということです。
ただし、どの程度の確実性があれば行動を変えてよいのかについて、一般的な基準はありません。予防接種のように集団への影響が大きい判断と、個人の生活習慣の選択とでは、求められる確実性が違って当然ですが、その線引きは統計では決まりません。ここは科学の外側にあります。
言葉を、二つに分けてみる
いま進行形でこの区別が問われている例があります。マイクロプラスチックです。
日本学術会議は提言で、吸着・含有された有害物質による毒性影響の調査事例は少なく、「環境および健康リスク評価は全く行われていない」と書いています。米国FDAも、食品中で検出されているレベルがリスクをもたらすことを現在の根拠は示していないとしつつ、定義・参照物質・採取手順が標準化されていないことを制約として挙げています。
この状態は「安全と分かった」でも「危険と分かった」でもありません。比べられる形で測れていない、という第三の位置です。欧州の健康リスク評価の結果公表は2027年末までとされています。
そして同じ空白が、商品の側にもそのまま現れます。検査の蓄積の欄で、重金属と添加物には項目名が並び、プラスチックの欄だけが「準備中」になっているのは、この空白の反映です。空白を空白として表示するか、埋めてしまうかは、作り手の選択です。
厚生労働省eJIMも「その根拠は?」とたずねること、「情報の出どころを確認する」ことを挙げています3。根拠を問うというのは、根拠の有無だけでなく、その空白がどういう種類のものかまで問うことでもあります。
「エビデンスがない」と書かれた文に出会ったら、それが調べた結果なのか、まだ調べられていないだけなのかを見分けたいところです。前者なら、どれくらいの規模で調べたのか、信頼区間はどう報告されているのかが次の問いになります。そもそも「エビデンスがある」が何を指すのかを押さえておくと、この問いは立てやすくなります。後者なら、なぜ調べられていないのか——関心が向いていないのか、費用の出し手がいないのか、対象が少なすぎるのか——が問いになります。
もっとも、公開情報からこの区別をつけるのは、専門家であっても簡単ではありません。どちらであっても、それだけで結論は出ません。ただ、どちらなのかが分かれば、次に何を探せばいいかは変わってきます。
分からないまま、選ぶということ
アルトマンとブランドの指摘から30年が経ちますが、「差が出なかった」を「差がない」と読み替える習慣は、いまも消えていません。おそらくそれは、人が判断を早く終わらせたいからでしょう。分からないという状態は、居心地が悪いものです。
けれど実際には、確実な根拠が揃った状態のほうが例外です。多くの選択は、分からない部分を抱えたまま行われています。それは科学の失敗ではなく、単に世界が複雑だということなのでしょう。
「エビデンスがないから」と保留にしていることの中に、「まだ誰も調べていない」だけのものが混ざっています。その二つを分けたところから、判断は変わります。
参考文献・参考資料
- Altman DG, Bland JM. Statistics notes: Absence of evidence is not evidence of absence. BMJ. 1995;311(7003):485. doi:10.1136/bmj.311.7003.485 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7647644/
- Howick J, Koletsi D, Ioannidis JPA, et al. Most healthcare interventions tested in Cochrane Reviews are not effective according to high quality evidence: a systematic review and meta-analysis. Journal of Clinical Epidemiology. 2022;148:160-169. doi:10.1016/j.jclinepi.2022.04.017 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35447356/
- 厚生労働省『「統合医療」に係る情報発信等推進事業』(eJIM)「情報を見極めるための10か条」https://www.ejim.mhlw.go.jp/public/hint/index.html
本記事は研究結果の読み方を整理したものであり、特定の治療法・製品の推奨や否定を目的とするものではありません。個別の診断・治療に代わるものでもありません。治療の継続や中止について、この記事を理由に自己判断で決めないでください。
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