牛乳でお腹がゆるむとき、やめる前に確かめること
牛乳を飲むとお腹がゴロゴロする。同じものを同じ量だけ飲んで、何ともない人がいます。この差がどこから来るのかは、はっきり分かっています。
この差はどこから来るのでしょうか。乳糖不耐症は、機序がはっきり分かっている数少ない「食べると不調」の例で、しかも人類の歴史とつながっています。少し寄り道しながら見ていきます。
大人になると、酵素は減るのが標準だった
大人になって乳糖を分解しにくくなるのは、異常ではありません。標準的な発達の経過にあたります。
乳糖を分解する酵素はラクターゼと呼ばれ、小腸で作られます。哺乳類はどの種も、乳を飲む乳児期にはこの酵素を活発に作り、離乳後はその働きが低下していきます。これが本来の姿です。
むしろ、大人になってもラクターゼを作り続ける体質のほうが、後から生じた変化です。この体質は「ラクターゼ持続(lactase persistence)」と呼ばれています。
言葉の順序が逆転していることに気づくと、この話は見え方が変わります。「乳糖不耐症」という呼び名は、飲めることを基準にした呼び方になっています。
よく見る「世界の3分の2」を、そのまま使えない理由
「乳糖を分解できない人は世界人口のおよそ3分の2」。日本語の記事で頻繁に見かける数字ですが、その出典となった2017年のメタ解析は2025年1月に撤回されています3。そのため、この記事では世界全体の推定値を挙げません。
ここで言葉を分けておきます。乳糖吸収不良(lactose malabsorption)は乳糖が消化吸収されない状態を指し、乳糖不耐症(lactose intolerance)はそれによって症状が出ている状態を指します。吸収不良があっても症状が出ない人はいます。この二つは同じではありません。
体質の違いは、遺伝子の一箇所から
なぜ人によって違うのか。この問いには、かなり具体的な答えがあります。
エナッタらは2002年、フィンランドの家系を調べ、この体質を決めている場所をゲノム上のごく狭い区間まで絞り込みました。見つかったのは、ラクターゼを作る遺伝子そのものではなく、その少し手前にあるDNAの一箇所の違いです。この一箇所が、大人になっても酵素を作り続けるかどうかとぴたりと対応していました2。
興味深いのは次の点です。この多型が互いに遠縁の複数の集団に見られることから、著者らはこの変異が非常に古いものだと述べています2。
この体質は、酪農が始まったあとに広がったものです。約7,500年前の中央ヨーロッパあたりが起点と推定されています。体質の分布に、歴史がそのまま残っている形です。
牛乳で不調になることは、その人の体に問題があることを意味しません。祖先がどこで暮らしていたかの反映という側面があります。
同じ体質でも、症状の出方が違う理由
ここまでは遺伝子の話ですが、実際の症状はそれだけでは決まりません。
ミッセルヴィッツらは2019年、Gut に乳糖吸収不良と乳糖不耐症についての総説を発表しています。そこでは、乳糖不耐症が起こる可能性は乳糖の量・ラクターゼの発現・腸内細菌によって決まる、と整理されています1。遺伝子は3つのうちの1つでしかありません。
ひとつは量の問題です。ラクターゼの働きが弱くても、少量なら処理できます。コップ1杯で症状が出る人もいれば、コーヒーに入れる程度なら問題ない人もいる。免疫が関わる食物アレルギーとは違い、不耐症は量に依存しやすいのです。
もうひとつは、一緒に食べるものです。食事と一緒に摂ると、胃からの排出が緩やかになり、症状が出にくくなることが知られています。
そして、分解されなかった乳糖は大腸に届き、腸内細菌によって発酵されます。ここで生じるガスや短鎖脂肪酸が症状に関わります。だとすれば、どういう細菌がいるかによって出方が変わることになります。実際、乳製品を継続して摂ることで症状が軽くなる場合があると報告されていますが、この適応の仕組みや再現性については、まだ検討の途上にあります。
もうひとつ、乳糖の消化とは別の経路があります。ミッセルヴィッツらの総説は、不安や過敏性腸症候群に伴う内臓知覚過敏がある人は、乳糖の消化能力とは独立に、乳糖不耐症の症状が出るリスクが高いと述べています1。同じ量のガスが発生しても、それをどれくらい強く感じるかには個人差がある、ということになります。
これも踏まえたうえで、同じ総説はこうも書いています。自己申告の乳糖不耐と、客観的な検査所見と、食事を変えたときの実際の結果。この三つの関連にはばらつきがある1。「牛乳が合わない気がする」という実感が、そのまま検査結果と一致するとは限りません。逆もまた同じです。
確かめようがある、という利点
乳糖不耐症について特筆すべきなのは、機序が分かっていて、確認する手段があることです。
水素呼気試験のような検査もありますし、自分で確かめる余地も大きい。乳糖を含む食品を一定期間やめてみて、症状が変わるかを見る。戻して再現するかを見る。量を変えて閾値を探る。
一度に複数のことを変えないという原則はここでも効いてきます。牛乳とパンを同時にやめれば、どちらが効いたのか分からなくなります。
また、乳製品を完全にやめる前に考えたいのは、カルシウムなど他の栄養をどう補うかです。多くの場合、量を減らす、発酵乳製品に変える、乳糖を分解した製品を使う、といった調整で対応できます。全部やめる必要があるかどうかは、閾値を確かめてから決めても遅くありません。
同じ構造の糖が、ほかにもある
乳糖は二糖類です。小腸で吸収されずに大腸へ届き、腸内細菌が発酵してガスを出し、浸透圧で水分を引き込む——この構造を持つ糖は、ほかにもあります。オリゴ糖、単糖類、糖アルコール。まとめてFODMAPと呼ばれます。
日本消化器病学会のガイドラインは、乳糖不耐症の患者についてラクトース制限食を6週間摂取することで症状が有意に改善したという報告を挙げています。乳糖を外して症状が軽くなるかどうかは、確かめられる範囲にあります。
「合わない」の中身が分かるということ
この記事で見てきたものを並べると、乳糖不耐症は珍しい位置にいます。酵素の名前、遺伝子の位置、症状が出る量、確かめる検査。全部そろっています。
「合わない食品」の多くは、ここまでそろいません。「遅延型フードアレルギー検査」が示しているのは、その食品にさらされたことまでで、欧州アレルギー臨床免疫学会は不耐症の診断には使えないとしています。
だから、合わない食品の候補が何十品目も並んだときにやることは、この記事と同じ形に近づけることです。1品目を選ぶ。量を決める。やめて、戻す。期限を先に決めて、変化を比べる。
乳糖不耐症で分かっているのは「乳製品がダメ」ではなく、「この量までなら出ない」という線でした。他の食品でも、探しているのは同じ形の線です。
食べ物で不調が出るとき、原因が特定できることは実は多くありません。多くは、症状のパターンから推測するところで止まります。
乳糖不耐症は、その中で例外的に、酵素の働き、遺伝子の多型、症状が出る条件、確認の手段が揃っています。だからこそ、他の「なんとなく合わない」と同列に置かないほうがいいでしょう。
同じものを食べて反応が違うという現象そのものは、乳糖に限りません。量・消化吸収・腸内細菌・感じ方という4つの要素のうち、乳糖不耐症は消化吸収の部分がはっきり分かっている例にあたります。アルコールを分解する酵素にも同じ構造があり、日本人の4割強が働きの低い側にいます。
そして冒頭で見たとおり、大人になって酵素が減ることのほうが、哺乳類としては標準的な経過でした。自分の体を標準から外れたものとして扱うか、単に違うものとして扱うか。そこで、その後の対応も変わってきます。
確かめられるのは、量との関係です。牛乳をやめるかどうかの前に、コップ半分なら平気か、1杯で来るかを分けます。ヨーグルトやチーズでは出ないなら、乳糖の量が違うためです。
そして牛乳を減らすなら、カルシウムの供給源が1つ抜けます。日本人の平均摂取量は推奨量の65%(成人男性)で、もともと余裕がありません。小魚・大豆製品・青菜のどれかで置き換えるところまでを、同時に決めます。
参考文献・参考資料
- Misselwitz B, Butter M, Verbeke K, Fox MR. Update on lactose malabsorption and intolerance: pathogenesis, diagnosis and clinical management. Gut. 2019;68(11):2080-2091. doi:10.1136/gutjnl-2019-318404 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31427404/
- Enattah NS, Sahi T, Savilahti E, Terwilliger JD, Peltonen L, Järvelä I. Identification of a variant associated with adult-type hypolactasia. Nature Genetics. 2002;30(2):233-237. doi:10.1038/ng826 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11788828/
- 【撤回済み】Storhaug CL, Fosse SK, Fadnes LT. Country, regional, and global estimates for lactose malabsorption in adults: a systematic review and meta-analysis. The Lancet Gastroenterology & Hepatology. 2017;2(10):738-746. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28690131/
撤回通知:Retraction—Country, regional, and global estimates for lactose malabsorption in adults. The Lancet Gastroenterology & Hepatology. 2025;10(1):13. doi:10.1016/S2468-1253(24)00398-4 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39674208/
本記事は機序と研究状況の整理であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。
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