健診が「異常なし」でも不調なとき、何を見るか
血液検査の基準範囲について、日本臨床検査医学会のガイドラインは「正常・異常を区別したり、特定の病態の有無を判断する値ではない」と明記しています。
基準範囲は、健康な人の値を集めて真ん中の95%を切り取った線です。だから健康な人でも20人に1人は外れます。20項目測れば、健康な人でも6割以上でどこか1つは外れる計算になります。
つまり「異常なし」は「測った項目に異常がなかった」という意味で、それ以上のことは言っていません。逆に「1つ外れた」も、それだけでは何も決まりません。
このとき起きやすいのが、二つの反対方向の反応です。「数値が正常なんだから気のせいだ」と自分を納得させるか、「検査で見つからない何かがあるはずだ」と別の説明を探しにいくか。どちらも自然な反応です。その前に、一つ確かめられます。健診が何を測っていて、何を測っていないのかです。
「基準範囲」は、健康の定義ではない
検査結果に添えられている基準範囲は、正常か異常かを分けるための値ではありません。健常者の検査値が集まる中央の範囲を示しているだけです。
ガイドラインの原文は、こうです。
基準範囲は、一定の基準を満たす健常者(基準個体)の検査値分布の中央の95%区間として設定され、検査値を判読する基準(めやす)となる。しかし、正常・異常を区別したり、特定の病態の有無を判断する値ではない1。
日本臨床検査標準協議会も同様に、基準範囲は測定値を解釈する目安であって、それ単独では診断や治療の判定の拠り所にはならないとしています2。
この定義から、そのまま出てくる帰結があります。

「範囲外=異常」でも「範囲内=健康」でもない——これは数字が何と比べたものかを確かめる話と同じ構造です。
逆向きの読み違いも起きます。基準範囲は「その集団の分布」を表しているのであって、「この値なら健康」という意味ではありません。範囲に収まっていることは、測った項目について集団の真ん中あたりにいる、というところまでしか言っていません。
「異常なし」の外側を、どう確かめるか
この「測っていない項目」は、思っているより広い範囲を占めます。
たとえば栄養素です。健康診断の標準的な項目に、ビタミンD、亜鉛、フェリチン、葉酸は入っていません。測っていないので、足りているとも足りていないとも書かれません。
金属もそうです。鉛の測定は、鉛を扱う業務の人に対して法令で義務づけられている項目で、一般の健診には入っていません。水銀については、厚生労働省が「一般に体内の水銀濃度は毛髪で測定します」と書きつつ、同時に「妊婦であっても測定することは必要ない」という立場をとっています。
測られていない項目が「正常」なのではありません。何も書かれていないだけです。健診の結果に何も書かれていないことは、それらについての判断材料が1つもない、ということを意味します。
もうひとつ、単純な事実があります。健康診断は、決められた項目だけを測っています。
特定健康診査は、法律上「糖尿病その他の政令で定める生活習慣病に関する健康診査」と定義されています3。厚生労働省のプログラムは、検査項目の選び方をこう説明しています。
糖尿病や脳・心血管疾患(脳卒中や虚血性心疾患等)等の生活習慣病、とりわけメタボリックシンドロームの該当者・予備群を減少させることができるよう、保健指導が必要な者を的確に抽出するための検査項目を健診項目とする4。
目的が決まっていて、そのために項目が選ばれています。逆に言えば、そこに入っていない不調は、そもそも検査の対象になっていません。
たとえば貯蔵鉄は、通常の健診項目に入っていません。ヘモグロビンが基準内でも、貯蔵鉄のほうは減っていることがあります。
日常会話では、「異常なし」と「体に何も起きていない」は同じように聞こえます。指している範囲が違います。
逆に、範囲を外れた項目があっても、それだけでリスクは決まりません。LDLコレステロールがその例です。同じ140でも、その人の状況によって目標値が変わります。
公的な文例も、範囲を限定して書いている
厚生労働省が示している健診結果のフィードバック文例集を見ると、書き方が慎重です。異常がなかった場合の文例は、こうなっています。
今回の心電図検査の結果では医療機関の受診をお勧めするような異常は見つかりませんでした5。
「異常なし」ではなく、今回の・この検査では・受診を勧めるようなと、三重に範囲が限定されています。
同じ文例集には、眼底検査についてこう書かれています。眼底カメラで所見がないとされた場合にも、眼科医による詳細な検査で網膜症が発見されることがある5。検査には検出できる範囲があり、公的な資料自体がそれを明記しています。
基準範囲に入っていても、その人にとっては変化かもしれない
ここが、最も見落とされやすい部分です。
基準範囲は集団の分布から作られています。けれど一人ひとりの値には、その人なりの落ち着きどころがあります。もともと基準範囲の下寄りで安定していた人が、上寄りまで動いたとします。集団の物差しではどちらも「正常」ですが、その人の中では大きく動いています。
一点の値だけを見ていると、この変化は見えません。過去の結果と並べて、初めて分かる。健康診断の結果を毎年捨てずに取っておく意味は、ここにあります。
集団の平均が個人にそのまま当てはまるわけではありません。この問題は、検査に限った話ではありません。同じ食事をしても血糖の反応が人によって大きく違うことが観察されているように、平均から出発して個人を語ることには、常に隙間が残ります。
それでも「気のせい」ではない
不調が続いているのに検査で説明がつかないとき、本人が感じていることまで否定される必要はありません。
体調は、検査値だけで決まっているわけではありません。睡眠の質、生活のリズム、心理的な負荷、環境。これらは血液検査の項目にほとんど反映されません。反映されないことと、影響がないことは別です。
また、症状が先に出て、検査値の変化が後から現れる病態もあります。ある時点で基準範囲に収まっていることは、その後もずっとそうであることを保証しません。
だからこの状況で必要なのは、「異常なし」を受け入れることでも否定することでもなく、いま分かっていることの範囲を正確に把握することでしょう。調べていないことと、調べて何もなかったことは別のものです。
次に確かめられること
検査で説明がつかない不調があるとき、できることが3つあります。
血圧のように自分で何度でも測れる項目もあります。年に一度の値しか手に入らない項目とは、扱いが変わります。
ひとつは、過去の結果と並べること。同じ項目が年ごとにどう動いているか。基準範囲の中でも一方向に動き続けていれば、それは情報です。
ふたつめは、症状のほうを記録すること。いつから、どういうときに、どのくらい続くか。検査値が動いていないので、記録できるのは症状のほうだけです。「なんとなくだるい」では、次に何を調べればいいか決まりません。「先月から、午後になると集中が続かない日が週に3日ほどある」まで来れば、時間帯と頻度という手がかりが2つ増えます。頭痛のように、記録の項目が診断基準とそのまま対応している症状もあります。
みっつめは、健診が測っていないものを自分で見ること。睡眠、食事、活動量。検査項目ではありませんが、体調への影響は大きい。健康診断で拾えないからこそ、自分で見るしかない領域です。
検査は、何をするための道具だったか
健康診断はもともと、症状が出る前の段階で、対処可能な疾患を拾うための仕組みです。「いま不調がある人の原因を突き止める」ためには設計されていません。用途が違います。
たとえば更年期を疑うときも、確かめられるのは「更年期以外」の側で、そこは健診の項目とは別に測ります。症状があって受診する場合は、その症状に応じた検査が選ばれます。健診は健診の項目に答えただけで、あなたの症状には何も答えていません。異常がなかったことは、その先を調べなくていい理由になりません。
「異常なし」という3文字が答えているのは、思っているより狭い問いです。答えているのは「今日測った項目が、集団の中央95%の範囲に入っていたか」まで。睡眠も、食事も、活動量も、そこには入っていません。
健診が答えていない範囲を、別の検査が埋めるとも限りません。遺伝子検査もフローラ検査も、また別の問いに答えています。
参考文献・参考資料
- 日本臨床検査医学会「臨床検査のガイドライン JSLM2024」基準範囲・臨床判断値 https://www.jslm.org/books/guideline/2024/GL2024_04.pdf
- 日本臨床検査標準協議会 基準範囲共用化委員会「日本における主要な臨床検査項目の共用基準範囲 ―解説と利用の手引き―」2022年10月版 https://www.jccls.org/wp-content/uploads/2022/10/kijyunhani20221031.pdf
- 高齢者の医療の確保に関する法律(昭和57年法律第80号)第18条・第20条 e-Gov法令検索
- 厚生労働省「標準的な健診・保健指導プログラム(令和6年度版)」第2編第2章 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001153023.pdf
- 厚生労働省「標準的な健診・保健指導プログラム(令和6年度版)」第2編別紙5 フィードバック文例集 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001231392.pdf
- Ozarda Y. Reference intervals: current status, recent developments and future considerations. Biochemia Medica. 2016;26(1):5-16. doi:10.11613/BM.2016.001 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4783087/
本記事は検査の読み方を整理したものであり、個別の診断・治療に代わるものではありません。
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