「免疫力を上げたい」を、できることに置き換える
「免疫力」という一つの数値は、医療の中に存在しません。健康診断にも、専門の検査にも、その項目はありません。
つまり「免疫力が上がった」かどうかは、誰にも判定できません。上がったとも、上がらなかったとも言えない。そういう構造の言葉です。
では医療は何を測っているのか。そして、感染しやすさについて実際に確かめられていることは何なのか。この二つを分けると、できることがはっきりします。
測っているのは、別々の項目
免疫は、多くの細胞と分子が役割を分担している仕組みです。そのため医療で調べるときも、目的に応じて別々の項目を見ます。
免疫は測れます。ただし、一つの点数にはなりません。
この構造は、他の場面でも出てきます。栄養素も、血液で分かるものと分からないものに分かれます。検査が答えている問いは、いつも思っているより狭い。
「上げればいい」とも限らない
もう一つ、「免疫力を上げる」という言い方には前提が入っています。方向が一つしかない、という前提です。
免疫を抑える薬(免疫抑制薬)が治療に使われるのは、このためです。免疫は、強ければ強いほどよいものとして扱われていません。目指されているのは、必要なときに必要なだけ働くことです。
「免疫力を上げる」という言葉は、この二方向を一方向に畳んでいます。
眠る時間は、感染しやすさに効いていた
総合点はなくても、確かめられていることはあります。そのひとつが睡眠です。
睡眠時間が短い人は、同じ量のウイルスを鼻から入れられても、かぜを発症しやすくなっていました1。健康な成人164人の睡眠を活動計で7日間測ってから、全員に同じようにウイルスを投与した実験です。

ただし、この「4.5倍」という数字はそのまま覚えないほうがいいものです。同じデータから推定できる範囲がかなり広く、「1倍を少し超える程度」から「18倍」まで幅があります。数字の幅をどう読むかは、別の記事で整理しました。
幅は広くても、向きは動きません。全員が同じ量のウイルスを投与されているので、「よく眠る人は人混みを避けているから」といった説明では片づきません。
ワクチンの効き方にも、差が出ている
同じ研究グループが、ワクチンでも調べています。
健康な中年成人125人にB型肝炎ワクチンを標準の3回接種し、活動計で睡眠を測りました。すると、睡眠時間が短い人ほど、2回目以降の抗体反応が低くなっていました。そして最終的に、臨床的に防御されるレベルの抗体に達しない可能性も高くなっていました2。
ただしこちらは観察研究です。睡眠時間を割り付けたわけではないので、因果までは示していません。関連と因果を分ける話が、ここでも当てはまります。
興味深いのは、この研究で予測に効いたのが睡眠の「長さ」だけだったことです。睡眠効率も、本人が感じる睡眠の質も、抗体反応を予測しませんでした2。検査上の睡眠指標と、休まった感覚が一致しないのと同じ向きです。
では、何ができるのか
ここまでを整理すると、確かめられていることと、そうでないことがはっきり分かれます。
| 状況 | |
|---|---|
| 睡眠を十分にとる | ウイルスを投与する実験で、発症のしやすさに差が出ている |
| ワクチンを受ける | 抗体を作らせる方法として確立している |
| 手洗い・環境 | 曝露そのものを減らす |
| 特定の食品・成分で「免疫力を上げる」 | 「免疫力」という指標自体がないため、この形では検証できない |
最後の行は、「効かない」という意味ではありません。その言い方では確かめようがない、ということです。「エビデンスがない」と「効果がない」は別のものですが、ここではもう一段手前で、何を測れば確かめたことになるのかが決まっていません。
表示に「免疫」と書かれていたら
ついでに、金属の話も同じ形で確かめられます。2016年度の日本のパッチテスト陽性率は、ニッケル24.8%、金23.2%、コバルト7.9%、水銀5.3%、クロム2.3%。上位10項目のうち5つが金属でした3。
これは「免疫力が低い」ことを示す数字ではありません。特定の物質に対して免疫が反応するようになっている(感作されている)人の割合です。しかも陽性の人のうち、実際に症状が出るのは一部だけだと学会は明記しています。
免疫は「強い・弱い」の一本の軸ではなく、何に対して、どう反応するかの集まりです。だから項目ごとに検査があって、総合点がない。金属についても、陽性と症状は別の話になります。
制度の側では、免疫に関する機能を表示している食品があります。ただしそれは、特定の成分について、特定の機能を届け出たものであって、「免疫力が上がる」という一般的な言明ではありません。
何がどこまで届け出られているかは、確かめられます。機能性表示食品とトクホでは、根拠の強さが違います。その商品を人で試したのか、成分についての過去の研究をまとめたのか。そこまで分解すると、表示の一文の意味が変わります。
一つの点数がない、ということ
「免疫力」に一つの数値がないことは、不便に見えます。上がったか下がったかを確かめられないからです。
同じ構造の言葉は、ほかにもあります。「代謝」にも一つの数値はありません。ただしそちらは、エネルギー消費量という測れるものが実在します。
ただ、そのぶん目標が数字に置き換わりません。眠る時間を確保する、必要なワクチンを受ける、手を洗う。どれも地味ですが、実験で差が出ているのはこちら側です。
感染をくり返す、治りが極端に遅い、口内炎や皮膚の感染が続く。こうした状態は、生活の工夫で動かす話ではありません。「免疫力」という総合点はなくても、免疫に関わる病態には実際に調べられる検査項目があります。
参考文献・参考資料
- Prather AA, Janicki-Deverts D, Hall MH, Cohen S. Behaviorally Assessed Sleep and Susceptibility to the Common Cold. Sleep. 2015;38(9):1353-1359. doi:10.5665/sleep.4968 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26118561/
- Prather AA, Hall M, Fury JM, Ross DC, Muldoon MF, Cohen S, Marsland AL. Sleep and antibody response to hepatitis B vaccination. Sleep. 2012;35(8):1063-1069. doi:10.5665/sleep.1990 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22851802/
- 足立厚子「金属アレルギーの対処法〜全身型金属アレルギーを中心に〜」アレルギー 2020;69(3):169-173. https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/69/3/69_169/_pdf
本記事は研究状況の整理であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。特定の食品・サプリメント・製品の効果を示すものでも、使用を勧めるものでもありません。ワクチンの要否と種類は医師の判断によります。免疫を抑える薬を使用中の方の感染対策は個別に決まるもので、この記事の範囲には入りません。
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